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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)217号 判決

埼玉県浦和市西堀7丁目9番1号

原告

江東電気株式会社

代表者代表取締役

原田進

訴訟代理人弁理士

柳川泰男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

宮本晴視

大野克人

今野朗

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第23822号事件について、平成5年9月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年1月6日、名称を「集魚用水中放電灯」とする発明につき特許出願(昭和58年特許願第926号)をし、平成元年3月16日、これを実用新案登録出願(平成1年実用新案登録願第30229号)に変更したが、平成2年11月7日拒絶査定を受けたので、同年12月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第23822号事件として審理し、平成4年9月30日、同年実用新案出願公告第41566号として出願公告したが、実用新案登録異議申立てがあったので、審理のうえ、平成5年9月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月13日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭48-62275号公報(以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)及び実公昭48-24366号公報(以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨、引用例1及び2の記載事項、本願考案と引用例考案1との一致点、相違点の各認定は認めるが、相違点1ないし3についての判断はいずれも争う。

審決は、本願考案と引用例考案1との相違点1ないし3の判断に当たり、本願考案は、引用例考案1及び2とは異なる技術分野に属するものであり、また、引用例考案1と引用例考案2とを結び付けることが容易ではなく、さらに、これらを結び付けたとしても本願考案に到達するものではないのに、誤ってきわめて容易に考案をすることができるとしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  相違点1についての判断の誤り

審決は、相違点1につき、外套管を有するランプにおいて、二本のステム部リード線の一部を埋め込むような口金を設けることは、本願出願前周知の技術事項であるから、引用例考案1の放電灯にこのような口金を設けることは、当業者が極めて容易になしえたものと判断した(審決書7頁14行~8頁3行)。

しかし、引用例1は、円筒形のガラス製外管の深海などの外圧の大きい雰囲気で用いる耐圧用ランプにおいては、外管が円筒形でかつ特定の平均半径と肉厚の比を持つものが安全でしかも無駄がなく経済的であることを開示したものであり、その耐圧用ランプは、300Kg/cm2あるいは450Kg/cm2のような「外圧の大きい雰囲気特に深海で使用する」(甲第3号証1頁左下欄14~15行)という特殊な用途での使用を目的とするものであって、通常用いられる口金を用いることができないため、口金が設けられる部位に「ゴムなどからなる絶縁物」を装着した(同3頁右下欄3行)放電灯である。引用例1には、そこに開示された耐圧用ランプが、外圧があまり掛からない水中で用いられる集魚用ランプとして適しているか否かの点については、何らの記載も示唆もない。

陸上あるいは船上で用いる放電灯の封止技術として口金が周知であったことは争わないが、引用例考案1の対象とする非常に高い水圧を受ける環境下での使用を目的とした耐圧用ランプに対し、陸上あるいは船上で用いられる放電灯における周知技術事項を適用し、口金を設けることはできない(甲第5号証)。すなわち、技術及び技術を具現した製品において、それらを構成する要素技術及び部品は、その技術及び製品の目的、要求される機能や性能を考慮して選択されるものであり、無目的に、かつ要求機能や性能を考慮せずに、周知技術から任意に選択されるものではない。

被告は、引用例考案1の耐圧用ランプが水圧の小さい海中においても用いうることは自明のことである旨主張するが、上記耐圧用ランプが結果として集魚用として用いうるか否かという点は、引用例1の開示とは何ら関係のないことである。

したがって、このような技術的必然性を無視し、引用例考案1の放電灯に上記口金を設けることは当業者が極めて容易になしえたものとする審決の判断は誤りである。

2  相違点2についての判断の誤り

審決は、相違点2について、引用例2には、外管を水冷する構造の放電管の具体例として、外管負荷の限界として8W/cm2、9W/cm2、11W/cm2の場合が記載されているから、本願考案の表面負荷の上限10W/cm2の設定は、当業者が極めて容易になしうると判断し、また、表面負荷の下限2W/cm2についても浮力を考慮すれば、当業者が極めて容易になしうるものと判断している(審決書8頁4行~9頁2行)。

しかし、引用例2に記載された放電灯は、外管を強制的に水冷するもので、10KW~100KW程度の大容量の高圧放電灯のように非常に特殊な放電灯であって、上記判断は、これと本願考案のように海水などの水中での使用を前提とした集魚用放電灯とを同類の放電灯として扱った点において誤っている。

集魚用の放電灯は、本願明細書の例では2500W(甲第2号証4欄34~38行)、すなわち2.5KWとされているように、通常2~5KW程度の容量のものであり、海中などで用いる限り特に強制的な水冷の必要はない。しかし、10KW以上のような高い容量の放電灯は発熱が非常に大きく、引用例2に記載されているような強制的な冷却が必要となる。

被告は、引用例2記載の水冷式高圧放電灯と本願考案の水中集魚用放電灯とを、ともに「水で冷却される場合の放電灯」と把握し、いずれも一定温度の水で冷却するものである点で共通する旨主張する。

しかし、水中に沈めた場合の冷却と強制冷却とを同一視することは誤りである。すなわち、放電灯を単に沈めた場合には、その放電灯の外管表面に接する水による冷却効果はあまり高いとはいえない。したがって、高発熱量のランプでは、水の対流による循環では十分な冷却ができないため、ランプ外管表面に水を流通させ、発熱を速やかに吸収し、ランプ外管表面の過度の加熱を防ぐという強制冷却の方法を利用する。引用例2記載の大容量放電灯で利用している「水冷」とは、そのような目的で行われるものであって、通常の水中での自然冷却と同一視することは誤りである。

また、集魚灯は、自然冷却を前提として使用されるものであり、ハロゲンランプであるか、放電灯であるかを問わず、あるいは、船上使用のものであるか、水中使用のものであるかを問わず、容量数キロワット(1~5KW)のものが使用されるものであることは、当業者が熟知しているところである。

これに対し、引用例2記載の高圧放電灯は、工業的な有機化合物の製造に利用される光化学反応を実施するために用いられる高圧放電灯で、かつ強制冷却タイプのものである(引用例2の出願人が東レ株式会社であるから、その放電灯は、甲第17、第18号証の文献に記載されている光化学反応を実施するために用いられるものである。)。したがって、高容量の放電灯を対象とした技術的思想自体、本願考案の集魚灯については無関係であるし、このような特殊な目的に用いられる高圧放電灯に関する表面負荷などの技術条件が、本願考案の漁業で用いられる集魚用の放電灯に関する表面負荷などの技術条件にそのまま転用できるとは考えられない。そして、冷却方法によっても、外管表面からの放熱が大きく左右されるため、冷却方法が相違する放電灯間での表面負荷の比較自体意味はない。

また、放電灯の使用態様、環境条件を比較してみると、集魚用水中放電灯は、主にスルメイカの漁場で使用されるが、その漁場の通常の水温は5~15°Cであり(甲第19、20号証)、漁場の場所、季節、集魚灯を配置する深さ等により、水温が様々に変動するのに対し、光化学反応用放電灯においては、光化学反応における表面温度が10~20°Cの範囲で予め決められた温度となるように、冷却水の温度と流量が調節されるものである。したがって、両者の放電灯の使用態様、環境条件は全く相違しているから、後者の放電灯の要求性能に基づいて、前者の放電灯の要求性能が容易に考えつくものとすることはできない。

さらに、引用例2のランプ外管負荷の上限の記載は、耐熱性の低い硼珪酸ガラスについてのものであり、ガラス材料を石英としたものについては特に上限を設けていない。

したがって、引用例2の記載から、本願考案の表面負荷の上限値の決定がきわめて容易になしえたとする審決の判断は誤りである。

3  相違点3についての判断の誤り

審決は、相違点3につき、白熱電球、ハロゲン電球等の光源を水中集魚灯として用いることは、本願出願前に周知のことであり、放電灯を水中で用いることが引用例1に記載され公知であるから、該放電灯を水中集魚灯として用いることは当業者がきわめて容易になしえたことであると判断している(審決書9頁4~9行)。

白熱電球、ハロゲン電球等の光源を水中集魚灯として用いることが本願出願前周知であったことは事実であるが、引用例1は、深海で用いるための耐圧放電灯を開示するものであって、これを総括的に「放電灯を水中で使用することの開示」と理解するのは誤りである。特に、集魚用の使用でないことが明らかな水深3000m程度(水圧300Kg/cm2程度を意味する。)で、海流や波などが存在しない深海での使用を想定する引用例1の耐圧放電灯から、水深数十メートル程度(水圧数Kg/cm2程度を意味する。)で、海流や波が発生し、かつ魚群を引き寄せる性質が要求される集魚灯としての放電灯の使用がきわめて容易に考えつくとする審決の判断は誤りである。

被告は、引用例考案1のランプが深海という水圧の大きな環境下でないような水中においても用いうることは自明である旨主張するが、前記のとおり、そこに開示された耐圧用ランプが、外圧があまり掛からない水中で用いられる集魚用ランプとして適しているか否かの点については記載も示唆もないし、引用例考案1の耐圧用ランプが結果として集魚用として用いうるか否かという点は、引用例1の開示とは何ら関係のないことであるから、被告の主張は失当である。

審決は、深海で用いるための耐圧放電灯に係る引用例考案1と水冷式の高電力容量の放電灯に係る引用例考案2とを組み合わせて、本願考案がきわめて容易に考案できたと判断しているが、以上に述べたように、引用例考案1と同2は、単に水と接触する放電灯であるとの共通点を有するのみで、対象、目的、要求性能において互いに技術的に異なるものであることは明らかであるから、それぞれの技術を組み合わせること自体、これをきわめて容易であるとすることはできない。

仮に、そのような組合わせを考えついたとしても、本願考案の集魚用の放電灯とは、その対象が技術的に異なっており、本願考案に到達することはできないから、これを当業者がきわめて容易になしえたとする審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  原告の主張1について

引用例考案1の耐圧ランプが水圧の小さい海中においても用いうることは自明のことである。水圧の高い場所で使用可能な耐圧ランプであれば、ランプの耐圧構造から考えて、外圧があまり掛からない水中で使用できることは明らかである。

その場合、封止構造に深海で使用する程の特別な工夫を加えることなく、周知の二本のステム部リード線の一部を埋め込むような封止構造を採用することを考えるのはごく当然のことであるから、引用例考案1に本願出願前周知の封止構造を採用して本願考案のランプ構造とすることは、当業者がきわめて容易になしえるものである。

2  同2について

審決が引用例2を引用した趣旨は、水で冷却される場合の放電灯について、熱破損を考慮して表面負荷の上限を10W/cm2前後に決めることが従来公知の技術であることを例示することにある。引用例考案2では、冷却水を強制的に供給しているが、これは、接触している冷却水の温度を一定に維持するためにこのような方法を採っているものである。本願考案の放電灯も一定温度の海中において冷却されるものであることは技術上自明のことである。強制冷却では循環により常に冷却水を供給するものであり、海水の冷却においては波や潮流により常に冷却水を供給するものであるから、ともにその冷却条件において変わりがない。

このように、両者は、いずれも水中で使用されるものであり、水によって冷却される結果、熱破損を伴わないで表面負荷を大きくとることができ、ランプを小型化できるという効果がもたらされる点において共通するから、引用例2の知見に基づいて表面負荷の上限を定めることはきわめて容易である。

引用例2には、引用例考案2の放電灯が光化学反応において使用される高圧放電灯に限定する記載はないから、これに限定されることを前提とする原告の主張は失当である。仮に原告主張のとおりであるとしても、ともに水による冷却のもとに使用される放電灯における表面負荷の上限値を決定する点においては何ら変わりはない。

また、外套管の材質は本願考案の要旨とするところではなく、引用例2には、石英に関する記載として、石英を外管とした場合、耐熱性であるために11W/cm2においても熱破損を生ずることがほとんどない旨の記載があるが、この記載が熱破損との関連で上限がないことを意味するものとはいえず、石英ガラスについて上限がないということは技術常識上ありえないことであるから、外管の材質の差異をいう原告の主張は失当である。

3  同3について

引用例考案1の耐圧用ランプが深海という水圧の大きな環境下でないような水中においても用いうることは自明であり、白熱電球、ハロゲン電球等の光源を水中において魚群を引き寄せる集魚灯として用いることが本願出願前周知であるから、用途を集魚灯とすることに格別の困難性はない。

そして、引用例2記載の放電灯の技術は、電力容量に違いはあっても、水中で用いられる放電灯の熱破損を考慮して表面負荷の上限を定めるのに適用できるものであるから、このような技術を水中で用いる引用例考案1の放電灯に適用することはきわめて容易である。

以上のとおりであるから、引用例考案1及び同2に基づいて、本願考案がきわめて容易に想到しえたとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  原告の主張1(相違点1についての判断の誤り)について

審決は、本願考案と引用例考案1との相違点1である口金の有無につき、「外套管を有するランプにおいて、二本のステム部リード線の一部を埋め込むような口金を設けることは、本願の出願前周知の技術事項であるから(例えば、実願昭46-21091号{実開昭47-16280号公報}の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム、特開昭55-37701号公報参照)引用考案の放電灯にこのような口金を設けることは、当業者が極めて容易になし得たものと認める。」と判断している(審決書7頁15行~8頁3行)。

審決が周知技術事項を例示するものとして挙げた上記マイクロフイルム(甲第12号証)及び公報(甲第13号証)並びに昭和55年3月1日再版発行「電気工学ハンドブック」(甲第16号証)によれば、放電灯に口金を設けることは、本願原出願前、普通に用いられていた一般的な技術であったことが明らかであり、原告も、陸上あるいは船上で用いる放電灯の封止技術として口金を用いることが周知の技術であったことは争っていない。

そして、「三菱電機技報」昭和47年第46巻第4号所載の論文「3,000m深海用照明装置の開発」(甲第5号証)に見られるように、300kg/cm2の水圧が直接かかる深海用メタルハライドランプ(放電灯を意味する。)の場合には、「機械的に弱い方法はとれないため、ステムを使用せずに、直接外管バルブの切断面と外管保持用金型ベースを封着し、電力導入線の絶縁は金型ベースの中に絶縁剤を充てんすることによって解決した」(同号証439頁右欄3~6行)との特別の手段を採用しなければならないが、本願考案の対象とする集魚用水中放電灯のように、特に高い水圧を受けることのない比較的浅い水中で使用する放電灯においては、上記一般の放電灯と同じに、口金を設けることに何らの支障はないと認められる。

したがって、本願考案の口金を用いる構成は、単なる周知技術の適用そのものにすぎず、当業者がきわめて容易になしうることというほかはない。

原告は、引用例考案1が外圧の大きい深海で使用する耐圧ランプであって、本願考案とはその用途を異にするものであることを強調する。

しかし、審決がまず引用例考案1と本願考案との一致点と相違点を認定し、次いで各相違点について判断している所以は、この両者が一致する構成からなる水中放電灯が引用例1に開示されていることを前提とし、これを基礎として、本願考案が具備する引用例考案1との各相違点に係る構成の進歩性の有無を判断しているのであって、この判断手法はもとより正当であり、したがって、審決が原告の主張する両者の用途の相違については相違点3として判断することとして、口金の有無に関する相違点1の判断においては、この用途の差異に言及せず、引用例考案1に上記周知技術を適用できるとしたことは正当であって、原告の主張は採用できない。

2  同2(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  本願考案と引用例考案1とが、審決認定の相違点2のとおり、本願考案において、外套管の表面負荷を2W/cm2~10W/cm2と規定しているのに対し、引用例考案1においては、表面負荷の構成について明確にしていない点で相違することは、当事者間に争いがない。

この表面負荷とは、本願考案の要旨に示されているように、「ランプ電力と外套管との表面積の割合」であるから、ランプ電力を一定にして考えると、表面負荷を大きくすることは、結局、外套管の表面積を小さくすること、すなわち、外套管を小型化することに相当することは明らかである。

そして、本願明細書(甲第2号証)に、「船上の放電灯は、外套管が大きくこれを水中用に転用することは、浮力の関係で放電灯を保持する灯具を相当に大きく又重くすることの必要を生じてしまう為に、取扱の不便さ海流により抵抗が大きいなど欠点がある」(同号証2欄11~15行)と記載されていることから明らかなように、放電灯を水中で用いるためには、その外套管を小型化する必要性があることは、従来から当業者において認識されていたことと認められ、一方、これを小型化すればするほど、放電灯の構造上、外套管を発熱源(発光管)に近づけることになって、熱破損の問題が生ずることも、当業者にとって自明のことであったと認められる。

すなわち、水中放電灯の外套管の大きさは、熱破損が生じない限度において、浮力、潮流抵抗及び取扱いの便宜性等を考慮して、技術的に問題のない範囲で、できるだけ小さく構成するという課題は、当業者にとって周知のものであったということができる。

(2)  そして、引用例2(甲第4号証)には、審決認定のとおり、水冷式高圧放電灯のランプ外管の材質と表面負荷との関係について、「高圧放電灯に棚珪酸ガラスをランプ外管として用いる場合、使用温度の限界からランプ外管内壁負荷を8W/cm2以下に設定することが要求される」(同号証1欄末行~2欄3行)、「溶融石英は勿論結晶化アルミナ珪酸ガラスも耐熱性、耐紫外線性に優れているので外部水冷の状態でランプ外管内壁負荷を11W/cm2と溶融石英の場合同様大きくしても熱および紫外線による破損を生ずることはほとんどない」(同3欄24~28行)と記載されており、これによれば、水中放電灯において、外管負荷を11W/cm2以下に設定することは、公知の技術であったことが明らかであり、この公知の技術に基づき、本願考案の表面負荷の上限を10W/cm2と定めることは、当業者にとってきわめて容易に推考できることといわなければならず、このことに特段の技術的意義を見出すことはできない。

原告は、表面負荷の上限値の決定が容易でないことを主張するのみで、下限値については触れていないが、本願明細書(甲第2号証)に述べられているように、船上で用いる放電灯の表面負荷が0.4W/cm2~1.8W/cm2であること(同号証4欄6~9行)からすると、水冷式の場合は水による冷却効果によって、船上で用いる放電灯よりも高い表面負荷が許容されることは当業者にとって自明というべき事柄であるから、本願考案において、表面負荷の下限を上記1.8W/cm2よりも高い2W/cm2と規定することに各別の困難性はないと認められる。

(3)  原告は、本願考案の集魚用放電灯は海中など水中での使用を前提とした容量数キロワットのものであるのに対し、引用例考案2の放電灯は、10KW~100KW程度の大容量のもので、外管を強制的に水冷するものであり、光化学反応の実施に利用される特殊な用途の高圧放電灯であるから、このように電力容量、使用態様、環境条件が全く相違しているものを同類の放電灯とみることはできない旨主張する。

しかし、熱破損の問題を考慮しなければならない点において両者は同じであり、仮に原告主張のとおり現実の使用態様、環境条件が相違するとしても、熱破損の限界に関係する熱放出という観点からは、引用例2(甲第4号証)の実用新案登録請求の範囲に「・・・内部に発光管を設けたランプ外管の外壁を水冷するようにした高圧放電灯」(同号証5欄7~9行)とあるように、引用例考案2は水冷の方式を何ら限定するものではなく、ともに外套管を水冷する点において、両者異なるところはない。また、上述のとおり、表面負荷の上限は熱破損の限界との関係で決定されるものである点において、両者を技術的に区別する理由はなく、さらに、本願考案の要旨に示されている表面負荷の定義からすれば、表面負荷の限定は放電灯の電力容量の大小に関係しないものであることは明らかであるから、原告の上記主張は、到底採用できない。

その他引用例2の外管負荷の上限の記載について外管のガラス材質に関し原告の主張するところは、外套管のガラス材質について特に限定を設けていない本願考案の要旨に照らし理由がないばかりでなく、引用例2には、石英の場合についても、外管負荷の上限として、11W/cm2とできる旨の記載がある(甲第4号証3欄24~28行)から、理由がない。

3  同3(相違点3についての判断の誤り)について

引用例考案1の耐圧用ランプが集魚用に使用される放電灯でないとしても、水中で用いる放電灯である点で本願考案の集魚用水中放電灯と異なることはないのであるから、これに関する技術を、水圧の大小と関係しない範囲で集魚用水中放電灯の分野に応用しようとすることは、当業者にとって格別の困難性があるとは考えられず、引用例考案2も、本願考案と同じく水冷式の放電灯であり、電力容量に違いはあっても、引用例2には、上記のとおり、熱破損との関係で外管の表面負荷の設定が問題とされているのであるから、この点で本願考案と同じ課題が開示されていることは明らかであり、そこに示された技術を集魚用水中放電灯に応用することは、当業者にとってきわめて容易になしえることといわなければならない。

原告の主張は、結局のところ、集魚用水中放電灯の技術の開発に当たっては、集魚用水中放電灯の先行技術のみを考慮すれば足り、同じ水中放電灯であっても集魚用でないものに関する先行技術は、たとえ、それがその用途の差異に係わりなく、水中放電灯の技術として共通するものであっても、これを考慮に入れる必要はないというに等しく、その理由のないことが明らかである。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第23822号

審決

埼玉県浦和市西堀7丁目9番1号

請求人 江東電気 株式会社

東京都新宿区四谷2-14 ミツヤ四谷ビル8階 柳川特許事務所

代理人弁理士 柳川泰男

平成1年実用新案登録願第30229号「集魚用水中放電灯」拒絶査定に対する審判事件(平成4年9月30日出願公告、実公平4-41566)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

この出願は、昭和58年1月6日に出願した特許出願(特願昭58-926号)を平成元年3月16日に実用新案登録出願に変更したものであって、その考案の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「口金内に一部が埋め込まれた二本のステム部リード線、一方のステム部リード線に導電体を介して連結された電極A、およびもう一方のステム部リード線に発光管支持枠を兼ねた導電体を介して連結された電極B、電極Aおよび電極Bを気密下に内包する放電発光管、口金の上部から延び、上記二本のステム部リード線、放電発光管、および電極A、Bとステム部リード線とを連結する導電体を気密下に内包し、表面負荷(ランプ電力と外套管との表面積の割合)が2W/cm2-10W/cm2の範囲にある円筒状外套管、発光管支持枠に、該支持枠より外側に突出し、その先端が外套管の円筒壁部内面に実質的に接触するように備えられている発光管揺れ止め部材からなる集魚用に水中にて用いる放電灯。」

これに対して、当審における異議申立人である岩崎電気株式会社が甲第2号証として提出した本願出願前に頒布された刊行物である特開昭48-62275号公報には、第6図とこれを説明する記載として「第6図に深海用ランプの一例を示す。図において(1)はこの発明による方法によって決められた肉厚と平均半径の比を有する硝子製外管、(2)は発光管、(3)は枠線、(4)は板ばね、(5)はリード線でこれによって内容物が外管(1)の中で支えられる。(6)はリード線(5)を貫通させる基体で外管(1)を接着剤によつて封着する。」(第3頁下段左欄末8行一同末2行)があり、また、第6図には、枠線(3)は、発光管(2)を支持すると共にリード線(5)からの電力を電極に導く導電体機能を兼ね備えていること、支持枠(3)には該支持枠より外側に突出し、その先端が外管(1)の円筒壁部内面に向けられている板ばね(4)が備えられていることおよび外管は円筒状であることが記載されている。

そして、同じく甲第3号証として提出した本願出願前に頒布された刊行物である実公昭48-24366号公報には、水冷式の放電灯においてはランプ外管の内壁負荷が高くとれ小型とすることができることの説明として、「ランプ外管負荷を高くとれるのでランプ外管外径を小型とすることができ、したがって装置全体を小型化でき取扱いが容易になる。」(第4欄40行-43行)の記載、放電灯のランプ外管の材質と表面負荷との説明として、「高圧放電灯に硼珪酸ガラスをランプ外管として用いる場合、使用温度の限界からランプ外管内壁負荷8W/cm2以下に設定することが要求される」(第1欄末行-第2欄3行)、「溶融石英は勿論結晶化アルミナ珪酸ガラスも耐熱性、耐紫外線性に優れているので外部水冷の状態でランプ外管内壁負荷を11W/cm2と溶融石英の場合同様大きくしても熱および紫外線による破損を生ずることはほとんどない。」(第3欄24行-28行)、および「第3図は紫外線照射前と照射後の分光透過率を示すグラフで横軸に波長(mμ)、縦軸に透過率(%)が目盛ってある。aおよびcは照射前の硼珪酸ガラスおよび結晶アルミナ珪酸ガラスの分光透過率曲線、bおよびdは約9W/cm2の内壁負荷で高圧水銀灯の光を約2000時間照射後の分光透過率曲線で、硼珪酸ガラスbの場合大きく分光透過率が変化しているのに対し、結晶アルミナ珪酸ガラスdの方はほとんど変化していない。」(第3欄31行-39行)の記載がある、そして図面には外管は円筒状であることが記載されている。

ここで本願考案と甲第2号証に記載の考案(以下、引用考案という。)とを対比検討すると、

引用考案における発光管は、電極の配置から見て放電管であるから、本願考案における放電発光管に該当し、引用考案の弾性部材である板ばねは、揺れ止め部材と解され、該板ばねは、本願考案の揺れ止め部材に該当し (外管を有する放電灯における放電発光管の支持枠に外管の内壁にす接触させて揺れ止めする弾性部材を設けることは従来周知であり{例えば、特開昭49-110177号公報参照}、引用考案の板ばねも弾性部材であって、その役割は揺れ止め部材と解されるものである。)、また、引用考案における基体はリード線を支持する機能からして、本願考案におけるステム部に該当しているから、両者は、

「二本のステム部リード線、一方のステム部リード線に導体を介して連結された電極A、およびもう一方のステム部リード線に発光管支持枠を兼ねた導電体を介して連結された電極B、電極Aおよび電極Bを気密下に内包する放電発光管、ステム部から上部に延び、上記二本のステム部リード線、放電発光管、および電極A、Bとステム部リード線とを連結する導電体を気密下に内包した円筒状外套管、発光管支持枠に、該支持枠より外側に突出し、その先端が外套管の円筒壁部内面に実質的に接触するように備えられている発光管揺れ止め部材からなる水中にて用いる放電灯。」

である点で一致しており、

次の点で相違する。

1、本願考案では、円筒外套管が二本のステム部リード線の一部を埋め込むような口金を有するのに対して、引用考案ではこのような口金を有しない点。

2、本願考案では、外套管の表面負荷を、2W/cm2-10W/cm2としているのに対し、引用考案では、外套管の表面負荷の構成については明確にしていない点、

3、本願考案では、放電灯の用途を集魚用としているのに対し、引用考案では用途を深海で用いるとしている点。

以下、相違点について検討する。

相違点1について

外套管を有するランプにおいて、二本のステム部リード線の一部を埋め込むような口金を設けることは、本願の出願前周知の技術事項であるから(例えば、実願昭46-21091号{実開昭47-16280号公報}の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム、特開昭55-37701号公報参照)引用考案の放電灯にこのような口金を設けることは、当業者が極めて容易になし得たものと認める。

相違点2について

甲第3号証には、外管を水冷する構造の放電管では、外管負荷、すなわち表面負荷を、外管を構成する材質に依存するが、具体例として外管負荷の限界として8W/cm2および11W/cm2の場合が、そして、製作例として9W/cm2の場合が記載されているように、熱による破損を考慮すると最大10W/cm2前後迄に設計できることが、理解され従来公知であるから、本願考案において熱破損を考慮して表面負荷の上限を10W/cm2とすることは、当業者が極めて容易になし得たものと認める。また、水中で用いる集魚灯に浮力が小さいものが望まれることは従来周知であるから(例えば、原査定で引用された実願昭53-6930号{実開昭54-111377号公報}の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム参照)本願考案において表面負荷の下限を2W/cm2に限定したことに格別の技術的意味を見いだすことができない。

相違点3について

白熱電球、ハロゲン電球等の光源を水中集魚灯として用いることは、本願出願前に周知のことであり、放電灯を水中で用いることが前記甲第2号証に記載され公知であるから、該放電灯を水中集魚用として用いることは当業者が極めて容易になし得たものと認める。、

従って、本願考案は、引用考案および前記甲3号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年9月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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